【危機の倭城7】第一回から第六回を振り返って

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KNN企画報道「危機の倭城」シリーズ最終回は、まとめ。
番組アナウンサーと取材にあたった記者のトークがメインとなっています。話は「倭城は日帝残滓なのか」というデリケートなところにまで及んでいます。

倭城は「日本の武将が朝鮮半島に築いた日本式城郭」ですが、実はその前後に歴史を持つ倭城も数多くあります。

前回のニュース【危機の倭城6】で登場した熊川邑城は、熊川倭城の支城として利用されたといわれています。

慶尚南道泗川市の泗川邑城も、泗川倭城の支城として利用されています。

泗川邑城

【危機の倭城4】で取り上げた泗川倭城は、倉城の城壁を再利用しています。

【危機の倭城3】で取り上げた旧永登城は、城の中央に日本式石垣があるため、旧永登城の城壁を再利用したと思われます。

慶尚南道固城郡の固城倭城は、固城邑城を取り込んでいます。

固城倭城

釜山広域市の釜山子城、東莱城、加徳支城、機張城、そして蔚山広域市の西生浦城も、日本と朝鮮の複合遺跡なのです。

1872郡県地図釜山鎮地図

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