【危機の倭城6】見られたら保存できる

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KNN企画報道「危機の倭城」シリーズ第六回は、城の保存と活用について。

ニュースでは、年間140万人が訪れる順天市の楽安邑城は、城が文化資源としてどれだけ潜在能力を持つのかを見せつける好例として紹介しています。また近年、一部が復元された昌原市の熊川邑城も好例として紹介しています。それらと、どこにあるのかすら分からな明洞城を比べ「(私たちの)朝鮮時代の城は復元事業が行われているが、倭城はそのような状況ではない」と伝えています。

ここでは、私がこれまで見てきた朝鮮時代の城をいくつか挙げてみます。

まずは、ニュースにも登場する熊川邑城。城の東面は、ほぼ正確に復元されています。

熊川邑城

城の北面、南面、西面には、当時のままの石垣が一部残っています。また、駐車場やトイレ、城の歴史や各遺構ついて説明する案内板も設置されており、気軽に訪れ、城の構造と歴史を学ぶことができます。

熊川邑城

続いて金海邑城。北門だけが復元されています。簡単な案内板もあり「ここに城があったんだなぁ」と感じることができるでしょう。

金海邑城

続いて梁山邑城。の城壁は、ほとんど残っていません。これを見て、城の石垣だと思う人はほとんどいないでしょう。

梁山邑城

続いて多大浦鎮城。城壁の残存箇所は決して少なくないのですが、そのほとんどが住宅の背後にあるため、よく見えません。

多大浦鎮城

実は、少し離れた丘の上にこの城の客舎が移築現存しています…が、ほとんど知られていないでしょう。

多大浦鎮城

城の保存と活用の問題は、倭城だけでなく、韓国の城全般にいえることなのかもしれません。

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