大伽耶の王都・高霊の主山城の築城主体は大伽耶?新羅?

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慶尚北道高霊郡の主山城を訪ねました。城歩きの前に、まずは大伽耶博物館へ。この日は特別展「高霊の瓦」開催中でした。


▲高霊の山城の瓦片(大伽耶博物館)

常設展では、大伽耶に関する展示を中心に古代から近代までの高霊の歴史を学ぶことができます。大伽耶のいろんなものが日本の遺跡で見つかり、倭のいろんなものが高霊の遺跡で見つかっているようです。もっとも印象に残ったのが、高霊の池山洞古墳群で見つかった夜光貝の加工品(杓子)。この夜光貝、沖縄にしかいないそうです。


▲高霊の遺跡の土器(大伽耶博物館)

続いて、高霊博物館の近くにある王陵展示館へ。こちらは、池山洞古墳群の中でもっとも大きい44号墳の発掘当時の石室構造を再現した施設です。3基の大型石室と、これを取り囲むように32基の小型殉葬石槨が配置されています。また、池山洞古墳群と高霊の他の古墳の遺物も展示しています。


▲王陵展示館内部

王陵展示館で池山洞古墳群について学んだ後、池山洞古墳群を実見。主山城から南にのびる稜線上に円墳が列をなしています。現地の「高霊池山洞古墳群分布図」によると、その数150以上!


▲池山洞古墳群

稜線を登っていくと、主山城の散策道に出ました。この散策道が城壁ラインです。主山城は、内城と外城の二重城壁を有する城です。


▲主山城平面図

二〇一二年には大伽耶国の王都である高霊の主山城の発掘調査が開始され、城壁基底部に基壇補築のあることがわかった。この城壁が大伽耶時代の遺構なのか新羅時代に修築されたものかは意見がわかれているが、発掘調査では城内の内部からもう一つ小規模な城壁が発見されており、こちらが大伽耶が築いた城壁であった可能性が高い。 (向井一雄2016)

内城の城壁が大伽耶、外城の城壁が新羅ということでしょうか。


▲内城


▲外城

山頂付近には、井戸跡と食糧を保管するためのものとされる地下保存施設・木槨庫跡があります。


▲木槨庫跡

木槨庫に使われた度量衡が百済で使われた南朝尺(1尺=25cm)であることから、百済の技術で作られた可能性が指摘されています。また、同じような木槨庫が公州・公山城、大田・鷄足山城、利川・雪城山城、錦山・栢嶺城、大田・月坪洞山城など百済地域の山城で見つかっています。(聯合ニュース2015/07/14「高霊主山城で百済技術で作られた木槨庫確認」)

城壁をぐるっと一周し、東の登山道から下山。咸安を訪れた時もそうでしたが、高霊は山城、古墳、博物館を見学すると、一日中楽しむことができます。涼しくなったら、多羅伽耶の王都といわれる城山里土城、玉田古墳群、陜川博物館を訪ねたいです。

参考文献
向井一雄2016『よみがえる古代山城 国際戦争と防衛ライン (歴史文化ライブラリー440)』吉川弘文館

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