蔚山と熊本を繋ぐ慶尚左兵営城と佐敷城

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倭城研究家の堀口健弐氏と高橋圭也氏と蔚山慶尚左兵営城を踏査しました。


▲蔚山慶尚左兵営城復元ジオラマ(蔚山博物館2016特別展「蔚山의城郭」展示品)

蔚山慶尚左兵営城は、1417年に築かれた慶尚左道兵馬節度使の営城です。朝鮮王朝の慶尚道東部の陸軍の本城といったところでしょうか。
釜山中央バスターミナルから蔚山市外バスターミナルまで約1時間。ここから市内バスに乗り継ぎ約20分。さらに5分ほど歩いて蔚山左兵営城北門に到着。


▲北門

ここで作図班と別れ、私は城壁を見て回りました。北門からスタートし、東門を経て南門跡へ。北門、東門には遺構がありましたが、南門は完全消滅でした。


▲北門〜東門の城壁

南門があった辺りの路地を歩いていると、手書きの看板が目に留まり、吸い込まれるように店内へ。


▲냉면개시=冷麺開始

平壌式冷麺が好きなのですが、ここは咸興式冷麺がメインのお店だったので、咸興冷麺をいただきました。赤く辛く、美味しい冷麺でした。

午後の踏査は、南門から西門、そして北門へ。


▲南門〜西門の城壁

この城の一番の見どころは西門。甕城(外枡形虎口)が良い状態で残っていました。

西門で作図班と再会し、この日の踏査は終了。作図班は、東門〜北門〜西門の縄張図を書き終えていました。


▲西門石垣の矢穴と唐居敷

熊本県芦北町の佐敷城は、発掘調査で朝鮮瓦が出土していることが知られていますが、近年の研究でこの慶尚左兵営城の出土瓦と同范関係にあることが分かりました(高正龍2015「蔚山慶尚左兵営城と熊本佐敷城の同笵瓦―豊臣秀吉の朝鮮侵略と朝鮮瓦の伝播(2)―」『東アジア瓦研究』第4号、東アジア瓦研究会)。


▲慶尚左兵営城出土品(蔚山博物館2016特別展「蔚山의城郭」展示品)

佐敷城は、加藤清正の熊本城の支城。つまり、加藤清正が慶尚左兵営城の瓦を熊本へ持ち帰り、佐敷城の建物に葺いた可能性があるのです。慶尚左兵営城と佐敷城は、文禄・慶長の役、そして倭城に興味がある方必見の城といえるのかもしれません。


▲佐敷城

병영성은 1417년(태종 17년)부터 1894년(고종 31년)까지 존속한 경상좌도 병마절도사(兵馬節度使)의 영성(営城)으로 1417년에 쌓았다.
「여지도서(興地圖書)」에 따르면 성의 둘레는 9,316척, 높이는 12척이었다.
이 성은 골짜기를 감싸고 있는 포곡식(包谷式) 성으로 구릉 정상부에 석축을 쌓은 것이다. 사방으로 3칸의 문루를 갖춘 성문을 두었고, 서문과 북문 주위에는 옹성(甕城)을 쌓았으며 성벽 곳곳에 치성(雉城)을 두었다. 성의 둘레에는 해자(垓下)를 팠다.
성 안에는 병마절도사 공관이 체오헌(掣鰲軒), 객사인 선위각(宣威閣), 객사 정문인 진해루(鎮海樓), 우후(虞侯) 공관인 찬주헌(贊籌軒) 등의 주요 건물이 있었다. 부속 건물로 무기와 군수물자를 보관한 창고 등이 있었고, 연못 3개와 우물 7개가 있었다.

(現地案内版より)