高句麗山城ツアー①大黒山城と呉姑山城と荘河城山山城

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ゴールデンウィークを利用して、中国東北部に残る高句麗山城を訪ねる「中国東北山城めぐり」ツアーに参加しました。中国で城めぐりをするのも高句麗山城を見学するのも初体験!この貴重な体験を記憶が鮮明なうちに備忘録として残しておこうと思います。

大黒山城


▲大黒山遠望

一日目。大連周水子国際空港に到着後、専用車に乗って大連市金州区の大黒山城へ。

大黒山城は周長5000mの城で、隋の煬帝や唐の太宗が攻め寄せた卑沙城に比定されている城です。現在は大黒山風景区として大連を代表する観光名所となっており、この日も多くのトレッキング客で賑わっていました。空港から近いので、私たち外国人がもっとも訪れやすい高句麗山城かもしれません。

山麓から急坂、険しい岩場を経て平場に出ると、足元に城壁が。ここから先が城内です。


▲城壁

さらに登って行くと、延々と続く城壁が見えてきました。大黒山城の城壁は、今は古長城と呼ばれています。


▲大連天空戸外古長城

城壁上には、柱洞と呼ばれる穴があります。高句麗山城の特徴のひとつだそうですが、ここにどのような柱があり、どのような建物があったのか、詳しいことは分かっていないそうです。


▲柱洞

ひたすら城壁に沿って登って行くと、南嶺頂部に到達しました。遠くには、人民解放軍の施設と点将台と呼ばれる楼閣が見えました。あとで調べてみたところ、点将台周辺には復元城壁があるようです。ちなみに点将台は観光用、日本の城で例えるなら模擬天守に相当するものとおもわれます。


▲南嶺頂部より点将台を眺める

この先に城門遺構があるかもしれないという話だったので、確認しに行きたかったのですが、頂部は立っているのがやっとなほどの暴風が吹いていました。周囲は断崖絶壁、足を踏み外すと死亡、運良く助かったとしても大怪我は必至。ツアー初日からアクシデントに見舞われるのはイヤなので引き返しました。

時間と暴風の影響もあり、全域踏査することは叶いませんでしたが、初めて見る高句麗山城は圧倒的で、初日からど肝を抜かれました。

(2017年4月29日踏査)

呉姑山城


▲呉姑山遠望

二日目。普蘭店市星台鎮郭屯の巍覇山城清泉寺を目指しました。

清泉寺は遼寧省重点保護文物に指定されている禅寺で、この日も多くの参詣客で賑わっていました。巍覇山城清泉寺の”巍覇山城”は呉姑山城の別称。清泉寺は城内に建っているのです。

呉姑山城は周長5kmの城で、現在は清泉寺風景区として知られています。復元モノの東門の下部にも、現存と思われる石積みが見られます。


▲ゾウの後ろをよく見ると…

東門から城壁に沿って登っていきました。往路は城内側、復路は城外側の城壁を見学しながら歩きました。


▲内壁


▲外壁

しばらく登ると、北東角台と呼ばれる小さな平場に出ました(北東角台の俗称は紫禁城!)ここからは城外が一望できます。


▲角台からの眺め

北東角台から数十メートル進むと北門が見えてきました。北門には甕城(おうじょう)があり、技巧的な構造となっています(甕城は日本の城の枡形に相当する施設)。構造が優れているだけではなく石積みも整っており、これが1500年前の城だなんて信じられない!と思うと同時に、古今東西問わず同じようなことを考えるんだなと思いました。


▲甕城

北門から西へ進んでいくと、前日の大黒山城で見たものとよく似た柱洞が見られました。


▲柱洞

時間の関係もあり、東門〜北門と北門から西へ少し進んだところまでしか踏査できませんでしたが、見事な甕城を備えた北門、高句麗山城の特徴である柱洞など、要所を抑えた見学をすることができました。

荘河城山山城


▲城山山城遠望

二日目の午後は、荘河市城山鎮の荘河城山山城へ。

城山山城は周長3kmの城で、高句麗末期の宰相・淵蓋蘇文の伝説がある城です(伝説故事)。現在は城山古城旅遊区として多くの人で賑わう観光名所になっています。山頂部には観光用の楼閣があり、城壁はかなり積み直しているようです。とはいえ、こちらも入城ゲートとなる復元城門の脇には、現存と思われる城壁が一部残っています。


▲南門脇の城壁

城内に入ると人!人!人!食堂や羊肉串の屋台、ゲームコーナーまであります。ちょうどお昼だったので、こちらの食堂でランチ休憩をすることに。高句麗山城の中でごはんを食べるというのも貴重な体験かもしれません。


▲はるか先には楼閣が

城内には明代に建立されたという寺院・法貨寺があり、その前には貯水池が。ここには石塁が残っています。


▲貯水池

続いて東門へ。こちらも積み直されているそうですが、城門脇には現存の城壁がよく残っています。


▲東門脇の城壁

東門から城壁沿いを登っていくと雉城(ちじょう)が。雉城は日本の城の横矢掛かりに相当する張り出しですが、中国では馬面(ばめん)というそうです。


▲上から

馬面の隅部が印象に残りました。


▲下から

時間の関係で山頂部まで行くことはできませんでしたが、見事な馬面を見ることができて満足満足。この後、城山山城後城を訪れました。実は、ここ城山山城は城山山城前城と呼ばれる城で、城山山城後城と呼ばれるもう一つの城山山城があるのです。

後城については、またの機会に。

(2017年4月30日踏査)

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